静かな社長室。
「へっ?」
という、わたしの間抜けな声が響いてしまいました。
社長が言うには、同期の抜けた影響で、顧客まわりが間に合わないのだというのです。
そこで、いきなり営業は難しいので、とりあえずは営業補佐として、顧客まわりを手伝ってほしいのだという。
営業、とするのは、お給料の関係で、営業補佐としての手当てがないので、営業として手当てをつけてくれるのだという。
“お給料が上がる”
営業なんて大変だよ!と、心の中で警笛をならすわたしと対立している間、社長から会社の危機なんだと切々とお願いされ、迷いに迷ってわたしは、
「わたしに出来るのであれば・・・。」
と、OKの返事を出してしまったのです。
だって、会社の一番えらい人に、腰低くお願いされたら、潔く断ることって出来ますか?
わたしには勇気がありませんでした。
って、このせいで、ストレスニキビに悩まされることになるとは、このとき夢にも思わなかったのですが・・・。
フロアに下りると、不安そうな顔した課長と主任がまず目に入った。
そして・・・。
なんとなく横目でちらっと様子をうかがっている風な先輩方。
この時のわたしは、会社中の人たちがわたしに注目しているなんて、考えもしなかったのです。
課長がわたしに声をかけた。
「社長から聞いた?どう?」
一応、お受けしました、と答えると、とたんに安堵の表情に。
それとは逆に、周囲のしーんとした雰囲気に驚く。
会話が聞こえていたはずなのに、誰ひとり、訪ねてくる人がいない。
これって、いかにも変な雰囲気ではないか?
不安に思いつつも、もう後には引けない。
翌日、さっそく営業まわりを教えてもらうことになった。
そう言えば、わたしはいつもであれば会社の制服があるので、ラフな格好で出社し、会社で制服に着替える。
けれど、営業となればスーツ?
わたしは、一応、就職活動時に着ていたリクルートスーツで出社。
更衣室には寄らずに、先輩の元へ。
制服に着替えなくても良いのか、質問すると、
「当たり前じゃない?」
と、冷ややかな目で見られる。
あげくに、営業中の移動していた電車の中で、
「就職活動じゃないんだから、もう少し見られる服着てきてくれない?」
頭の中をハンマーで殴られたようなショックと、恥ずかしさ。
どうして、こんな思いをしなければならないのか?
なんとか、お客さん周りに同行し、1日を終えたのです。
この日の愚痴を聞いてもらいたくて、同期の何人かに声をかけると、皆、一様に“今日は忙しい”の返事。
後で、知ったのですが、この日、同期何人かで集まって飲みに行っていたらしいのです。
わたしの営業配属に納得していなかったのだと思うのですが、わたしだって好きで営業に行ったわけではないし、社長に頼まれて仕方なしに・・・と、言い訳する余地も与えてもらえなかったのです。
これをきっかけに、社内全体に流れる嫌な空気。
週末、先輩の助言をもとに、それなりにオシャレに見えるスーツを購入。
わたしの格好が変わるのと比例するように会社の空気も悪くなっていく。
自分ではどうすることもできない悪循環に、増えるニキビ。
こんな状態で、自分磨きなんて、軽々しく言えなくなっていたのです。